2017年8月26日土曜日

平成29年8月 観音朝詣りのお知らせ

8月13日、お盆の迎え火祭壇前での読経



 NHKで「東京空襲が生んだ悲劇の傑作”噫(ああ)横川国民学校”」という番組を見ました。

 前衛書道家井上有一畢生の書です。
小学校教師であった彼は東京本所の横川国民学校に勤務していて、ちょうど宿直の晩に東京大空襲に遭いました。
避難してきた人たちが入った鉄筋造りの校舎に火が入り、千人余りの人たちが黒焦げになって焼け死んだ惨事に遭遇したのです。
奇跡的に生き長らえた彼は、その時目の当たりにした光景を、30年後に400字ほどの仮名口語まじりの漢文に記し、書として発表し、世に大きな衝撃を与えました。

 文章に綴られている惨劇のすさまじさに戦慄を覚えます。
それと同時に、背負い続けた思いを一文字一文字に託し、その総体として出来上がった作品に対して、もはや芸術とさえ言うこともできない、渾身をこめた魂の現れであると感じました。

 番組の出席者が、これは芸術ではない、供養だと言っていましたが、同感でした。
作品全体が経文に見えました。


 仏教会主催の宇都宮空襲犠牲者追悼法要は7月12日に営まれていますが、毎年この日には必ず東京から来て参列しているという方に今年お会いしました。
家が直撃を受け、隣の部屋にいた妹さんが亡くなられたということです。
生死は紙一重、空襲を受けるその時まで、一家には団欒があり、幸せが詰まっていた。
それが一瞬に打ち砕かれた。
人生には起こることであり、あきらめざるをえないことであるが、生きている限り忘れない。
その思いがあって、それが供養というものです。

 戦災法要の終了後、取材のNHK記者から、この法要は今後も続けていくつもりですがと聞かれました。
私は、もちろん続けますと答えました。
たとえ、直接の被災者が死に絶えても、その悲しみは永く受けとめていかなければならない。
それをなし得るのは仏様であり、仏様に仕え、経を読んで供養するのが私のつとめなのですから。

平成29年8月15日
                                           祥雲寺住職 安藤明之

十八日の朝詣りは午前6時から行います。


0 件のコメント:

コメントを投稿