2017年5月21日日曜日

29年5月 月例早朝坐禅会「指月の会」案内

庫裡裏手、藤棚の藤

GW中の数日だけの見頃



「喫茶去」
                  『五灯会元』

本日祥雲寺では茶道教室の方たちが茶会を行い、大勢の来客に茶をふるまわれています。
この席に掲げられた扇子に書かれた禅語が「喫茶去」です。

その昔、中国の老僧が、立場も年齢も違う3人に変わりなく
喫茶去「まあお茶でも一服召し上がっていかれなさい」
と声を掛けられた故事に由来します。

身分の貴賤を図らず、年齢の長幼を計らず、利益の多寡を問わず、分別の無い真心からのもてなしを示す言葉として用いられる言葉です。

茶道はその成り立ちから、禅の思想を色濃く取り入れています。
「一期一会」などはその代表格でしょうか。

計らいの無い、無心の働きがもたらす自由豁達の境涯を目指したその歴史的経緯から禅宗、寺院とは大変に近しいので、行っていること一つ一つが大変勉強になります。

そして何より、お茶をいただくこの一時の妙味、「静けさを味わう」という点は変わりのないものだ、と改めて確認することが出来ました。

                                  祥雲寺副住職 安藤淳之


一人で修行を行おうとすると、怠けてしまったり後回しにしてしまい続かない場合もあります。
ですがみんなで行えば、難しいことでも楽しく行えるはずです。
この朝坐禅会はそのような場となるよう始めました。
一日の始まりを迎えるこのひと時、ご一緒に「かろやかに」生きてみませんか?

日時:5月22日(月)朝6時半~8時(途中参加、途中退出可) 既に終了
     6時30分~7時10分(一回目の坐禅)
     7時20分~8時    (二回目の坐禅)

場所:祥雲寺本堂一階

用意:身一つで大丈夫です。
    足の組めない方は椅子での坐禅もできます。




また、祥雲寺では毎週水曜夜6時(第四水曜のみ休み)、雀宮布教所「善応院」にて坐禅会を行っています。

平成29年4月26,27日 水沢正法寺参拝、東日本震災被災地慰霊旅行

本年は東日本震災から7回忌の節目の年になります。
この年に当たり、祥雲寺檀信徒の皆さんと東北に旅行し、曹洞宗の名刹にお参りして被災地で手を合わせてまいりました。

私は大震災直後、気仙沼でシャンティ国際ボランティア会の皆さんと2か月ほど支援活動を行ってきました。
その折何人かから言われた言葉が

「今は地震でがれきの山になってしまい、支援の人のおかげで本当に助かっている。
だけどここは、自分たちの故郷は本当にいいところなのだ。
今は無理だけど、そのうち綺麗に復興されたなら、観光にでも来てもらって楽しい思い出を持ち帰ってもらいたい。」

共通していたのは、この自分たちの素晴らしい故郷を、
震災の惨禍の地で終わらせたくない、
大勢にとって楽しい思い出の場所としていきたい、という想いでした。

この事から今回の旅行の趣旨は
被災地支援の為、七回忌慰霊の為、そして観光で楽しい思い出を持ち帰ってもらう為とし、これらを念頭に旅行計画を組み立てました。

天候にこそ恵まれませんでしたが、楽しい旅行にすることが出来て、あの折に言われた言葉にようやく答えられたかな、と思います。


岩手県水沢正法寺、曹洞宗第三の本山ともいわれる名刹

住職になられた栃木県小山市の盛田老師の御法話

本堂で集合写真。

猊鼻渓で沢下り

雨の日こそなごやかに

石巻市大沢小学校で慰霊供養

松島瑞巌寺

熟練の観光ガイドさんに大喝采

瑞巌寺本堂前

旅の楽しみはつまみ食いにあり

松島遊覧。ビールで乾杯!

2017年5月14日日曜日

平成29年五月 観音朝詣りのお知らせ


本堂前のツツジ

今年は例年以上に色鮮やかに咲きました。

 名古屋市の熱田神宮の少し南よりを流れる精進川に裁断橋という小さな橋が掛けられています(今はもう流れはなく橋だけになってしまいました)。
古くから神域に入る禊(みそ)ぎの橋であったものですが、江戸時代のはじめにこの橋を豊臣秀吉の北条攻め(小田原の陣)で息子を亡くした母親が33回忌の供養に全財産をなげうって架け替えました。
その母親の筆になる願文が橋の擬宝珠(ぎぼし)に残されています。
 
 「天正十八年二月十八日に小田原の御陣、堀尾金助と申す十八になりたる子を立たせてより、またふためとも見ざる悲しさのあまりに今この橋を掛けたるなり。
母の身には落涙ともなり即身成仏し給え。
(戒名)逸岩世俊と後の世のまた後まで、この書きつけを見る人は念仏申し給へや。
三十三年の供養也」
 
 子を失った母の悲しみと、故人の後生を願う心の痛切さが惻々として心に沁みる文章です。
戦いに死ぬのが武士の常であった戦国の世といえど人の心に変わりはないことがよくわかります。
 
 死んだ子の供養に橋を架け替えたのには訳があります。
橋は渡すものを選びません。
堀尾金助は戦いに死にましたが、橋は敵も味方もともに渡します。
人であろうと動物であろうと物であろうとわけへだてなく渡してその為になります。
この母親は橋を掛けることによって金助が争いと恨みの岸を離れて成仏することを願ったのです。
 
 平成29年5月15日
                                     祥雲寺住職 安藤明之
 
十八日の朝詣りは午前6時から行います。